『北浦兄弟』は、「不謹慎な爆笑映画」とでも言っておこうか。物語は父親殺しから始まり、ダーク調の設定とは裏腹に笑いをふんだんに混ぜ合わせたコメディ映画が本作である。
辻野正樹監督から試写会にお誘いいただいたのだが、まさか劇場でこんなに肩を揺らすとは思わなかった。
本作はエストニアの「タリン・ブラックナイト映画祭」クリティック・ピックス・コンペ部門にて最優秀賞作品賞を受賞。2025年4月12日よりユーロスペースで公開が決定している辻野監督最新作だ。
どのような映画なのか早速レビューを書き綴ったので、ぜひ「観たい!」と思ってくれたらウォッチリストにでも加えておいてほしい。
【監督】
辻野正樹
【キャスト】
中野マサアキ(北浦ソウタ)
大塚ヒロタ(北浦アキラ)
たかお鷹(北浦豪一:ソウタらの父親)
【時間】
94分
【劇場公開】
2025年4月12日
【配給】
GACHINKO Film
【国】
日本

『北浦兄弟』最新レビュー!こんな笑える映画は久しぶり

45歳にもなって実家の脛を齧り続ける〈北浦ソウタ〉は、ある日父親と激しい口論になる。家を出てけと言われて激怒したソウタは、激情に駆られて父親を殺害。犯行を隠そうと弟に電話をし、二人で死体を隠すことになるが…。
あらすじからも相当ダークで社会的な印象を受ける本作。引きこもりニートが父親を殺してしまうという一つの結末から物語を発展させていく。

冒頭から昼過ぎに起きて飲みかけのコーラを飲む主人公“北浦ソウタ”を見て、すぐにダメ人間だと理解できる。父親の脛を齧り続け、仕事もしなければ外にも出ない。
実家にデリヘル嬢を呼ぶ始末の主人公を見て、現実でも北浦ソウタと同じような状況にある人がいると思うと、わらわらと社会的な課題意識が生まれてくる。
それは僕らが北浦ソウタではなく、彼の父親に共感するからであり「こんな息子がいたら嫌だな」「なんとかしないとな」と、あくまで社会人としての体裁を保った立場で見ているからなのだろう。
しかし、残念ながら僕らも北浦ソウタのように引きこもる恐れもなくはない。
簡単に心を病んでしまう世の中だ。仕事や人間関係で絶望的な失敗か挫折を味わったとき、ポキッと何かが折れてしまうかもしれない。
辻野監督自身もインタビューで「一歩間違えば、ソウタのようになっていた可能性もある」と語っている。北浦ソウタは人間が抱える弱い部分を塊にした負の権化なのかもしれない。
社会に対する憤りやうまくいかないときの劣等感などは、きっと誰しもが抱えている。しかし、それを背負っていかなければ生きていかれないのもまた、厳しい現実なのだと再認識できるのだ。
リアルかつ緊迫の会話劇とロードムービー

『北浦兄弟』のおもしろいところは、前半部分と後半部分で物語の見せ方が異なる点だ。前半は会話劇で、後半はロードムービーとなり、皮肉にも引きこもりの北浦ソウタは外の世界へと引っ張り出される。
まず序盤から父親を殺して死体を隠そうと計画するまでは、狭い台所で会話劇が繰り広げられるのだ。
会話劇といえば、筆者の敬愛するジム・ジャームッシュ監督の『コーヒー&シガレッツ』や、ニキータ・ミハルコフ監督の『12人の怒れる男』などが有名である。これらの監督と比べても劣らない秀逸な演出手腕と空間の使い方が心を引いた。
動きこそ少ないものの、狭い空間の中で無駄を削ぎ落としたリアリティと、おばあちゃんがサッと差し出してくれる湯呑みのように繰り出される「笑い」が、ご丁寧にも自然と口角を上げさせてくれる。
また、ソウタと父親の二人を写し、固定された位置から長めの1カットが撮られている場面もあった。あらすじを読んだ観客は、ここで父親を殺すのでは?という緊張感に包まれつつ、シリアスな展開を楽しめる。

あまり語ってしまうと、このまま僕の舌(ではなく手)が起承転結のすべてを語ってしまいそうなので、一旦書くのをやめておく。
つまり僕が伝えたいことは、この会話劇が異常なほど魅力的だということだ。小劇場の演劇出身である辻野監督ならではの巧みな空間演出が存分に楽しめる。
後半のロードムービーの中にも、さまざまな物語が生まれていく。ソウタの叔父や父親の恋人を巻き込みながらも、きれいに物語の糸が紡がれていくのだ。
ダーク調に彩ろられた不謹慎な爆笑

ダーク調に彩られた本作が、どこまでコメディとして成立するか。その問い自体もバカバカしくなるほど笑えるエンターテインメントだった。
設定そのものがブラックだからこそ、硬直した体を一瞬にしてほぐす、というか“くすぐる”かのように笑えてくる演出を施した辻野監督。
笑っちゃダメな題材だけに、これでもかと散りばめられた仕掛けに不謹慎にも笑いが腹の底からわいてくる。
「笑っちゃダメですよ」と言われると、途端に笑けてくる現象を誰もが経験したのではないだろうか。本作には、意図してなのかわからないが、不謹慎だからこその爆笑があるのかもしれない。
死を軽んじているわけではなく、死の重みを利用して笑いを作っているのだから、すごい。
実際、思い出すだけでも僕は合計で13回も笑ってしまった。にやけたのを合わせるともっとかもしれない。
特に弟のアキラが車を借りてきて運転する様は、ツボすぎて堪えるのに必死だった。まるで『ナイト・オン・ザ・プラネット』のニューヨーク編で登場する運転手のヘルムート級の下手さで、この作品以上に笑ったかもしれない。
『北浦兄弟』まとめ

こんな笑える映画は久しぶり!観て良かったな〜と心から思えた映画だった。
北浦兄弟は、2025年4月12日に渋谷ユーロスペースにて公開予定だ。
ぜひ劇場まで足を運んで、スクリーンでおもしろおかしい父親殺しの物語を観てほしい。
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